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01


「うわぁ…」
「………」


2月中旬。
忘れていたわけじゃないけれど、いざ目の当たりにすると想像を絶するものがある。


「これ全部チョコレートですか?」
「…いや全部じゃないと思うよ……見たところお酒もあったし、物贈ってくれた人も多いみたい…。確認してないけど…」


部屋に届けられたというプレゼントの山に、僕は内心深くため息を吐いた。


「……まだ確認してなかったんですか?」
「はぁ…だってさぁ……」
「可哀想ですよ。みんなこんな可愛らしくラッピングして、手紙まで付けてるのに」
「……それがやなんだけどね…」


そうタクトは疲れたように呟いた。
彼は元から有名人だったが、記者会見で表舞台に立ってからというもの、以前にも増して活発なファンが増えたらしい。
それがズバリ今年のバレンタインで明らかになったわけだが……。


「……でも確認はしないとだめですよ。生ものなら早く食べなきゃいけないし、…手紙だって…」


有名作家の草野俊太郎が、年若い男性であったことはニュースでも取り上げられた。
僕は元々草野先生のファンだし、先生の正体が明るみになって嬉しいファンの心理はわかるつもりだ。
もし僕が女の子なら、この沢山のチョコ山を作った人たちと同じように、ファンレターにチョコくらい付けたかもしれない。
だから……つまり、何にせよファンが増えることは良いことに違いないんだ。きっと。


「……手紙だって、読んで貰えると思って出すんですから、……読んであげて下さい。……なんて、僕が口出すことじゃないのはわかってるんですけど……」

「……ううん。わかった。…読むよ、全部」


つい生意気な口を利いてしまって、笑って言い訳する。
だけど、タクトは真剣に僕の話を聞き、頷いてくれた。

…嬉しい筈なのに、胸がギュッと締め付けられる。
タクトのカッコいいところも、優しいところも、嫌味なくらい見て来たっていうのに、僕は未だにタクトの側にいるとドキドキする。
不必要なほど近くに寄られれば緊張するし、
わけもわからず胸が軋むこともある。

苦しいんだ
タクトの側にいると。
…幸せな筈なのに。


「……じゃあ、僕は帰りますね。…突然来ちゃって…すいませんでした…」

「え、帰らなくてもいいじゃん。折角来てくれたんだし、ゆっくりしていきなよ」


困ったように僕を見るタクトの姿は、僕の胸を苦しくする。
でも同時に、嬉しい…と感じる僕がいる。


「手紙ならちゃんと読むし。……俺と一緒にいんのイヤ?」

「…そんなわけじゃ……」
「じゃあ、いいね!ほら、上着なんか持たないの。タクトさんがコーヒー淹れて来るから!」
「…はぁ、お構い無く……」


リビングを出て行くタクトを見送りながら、また気を遣わせてしまったなぁ…と、ぼんやり思った。

「……そんなつもりじゃ、…ないんだけどな…」

リビングいっぱいに広がる、草野先生へのプレゼント。
色とりどり、可愛らしくデコレーションされたその山を見ていると、
……なんだかやりきれない気持ちになる。

「……草野先生宛てじゃないチョコレートも、…中にはあるんだろうなぁ…」

……有名人の草野先生を連れて、
2人きりで外を歩くのは良くないんじゃないか…と、

最初に言ったのは僕だった。

タクトのことを考えて言ったつもりだった。
高校生の…しかも男と付き合ってるなんて、もしバレたら彼の地位が危うくなってしまう。
…そんなことをツラツラ並べたてると、タクトは嫌そうながらも最後には渋々承諾してくれた。
……僕は、タクトが僕の意見を無視しないでくれると知っていた。


「お待ちどおさま〜」


コーヒーカップを両手に持って、にこやかにタクトが部屋へ戻って来る。強いカフェインの独特な香りが、辺りを包んだ。


「ありがとうございます。…頂きます」


ひとつ受け取って、ゆっくり口に含む。程よい苦味と慣れ親しんだその香りに、僕はほぅっと息をついた。


「…おいしいです…」
「そう?よかった」


僕がタクトの部屋に頻繁にお邪魔するようになって、決まっていった事柄がいくつかある。
たとえば、コーヒーに入れるミルクの量や、それを注ぐマグカップ。
座るソファーの位置や、使うバスタオル。

僕が頻繁に選んだいくつもの物を、タクトが『僕のお気に入り』と認識する。
そしてそれは、まるで『僕専用』となったみたいに、僕が使用することが当たり前になった。

そういったある種のルールが2人の間にいつの間にか出来ていく事を、
僕はとてつもなく嬉しく感じていた。



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あきゅろす。
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